趣味が高じて友人から無金利の多額の借金!

私は37歳シングルマザーです。
現在は実家に住んでおり、仕事はフルタイムで契約社員として働いています。贅沢をせず、ごく普通の暮らしをする分には、全く不自由のない生活ができます。

そんな私にはマラソンという趣味があります。最初はダイエット目的で始めたマラソンも、ずっと続けていくうちに楽しくなり、大会に出るようになりました。ハーフマラソンからフルマラソンへ、そしてウルトラマラソンへと出るようになりました。そのうち道内の大会では飽きたらず、道外の大会にまで出るようになっていったのです。

当然、大会に出るにはエントリー代がかかります。走る距離が長くなればなる程エントリー代は高額になります。さらにそれが道外の大会ともなると、交通費や宿泊費、食費などの出費もかさみます。そんな、1回に数万円も軽く飛んでいく道外の大会に、私は年3回以上参加していました。

子供のための貯蓄はろくにせず、貰うお給料はマラソン費用でなくなり、実家にいて不自由なく暮らせることに慣れきってしまっていた私は、お給料を完全に自分の私利私欲のために使っていたのです。貯蓄もせず、まさにその日暮らしでした。

と、そんなある日、マラソン仲間から海外の大会に出ようと誘われたのです。海外の大会へは、いつか一度は出てみたいと思ってはいたものの、現実的にお金がないので出られない、仲間へはそう伝えて断りました。すると仲間から「無金利で貸すから行こう」と言われたのです。私は悩んだものの、最終的にはその言葉に甘えて、仲間から33万円という大金を借りて海外の大会へ参加してしまったのです。

本来ならば、真っ先に自分の親に借りるべき娯楽のお金だったのですが、私の親もその昔、会社連絡なし(※)のサラ金に手を出しお金を借りて苦労をしていたので、親にお金を貸してとはとても言えませんでした。(※ http://xn--t8j0a6czgf2508berbjv3nl1h812c83d.com/

親は、私にはある程度の貯蓄があると思っています。そんな親の想いに嘘をつく状態で人からお金を借りることを決めて少なからずの後ろめたさはありましたが、必ず返済すると思っていたので、全てを言う必要は無いし、言わなくていい幸せもあると自分を納得させたのでした。

その後の今はマラソン大会の参加を控え、仲間へ借りたお金を返済中です。

お金が必要になったときの解決方法

今すぐお金がほしいと思うときは多々あるのですが、最近特に感じたのは幼稚園児の子供二人がディズニーランドに行きたいと言ったときです。
ディズニーランドに行くとなった場合、家から遠いためまずホテルで宿泊することは必須となります。
そしてディズニーランドのチケット料金、食事代、お土産代、高速料金、ガソリン代、などなどかかるお金をザッと簡単に計算してみると軽く10万は超えてしまい、なかなか普段の生活費から出すのは難しい額となります。
しかし子供が小さいうちにいろんなところに連れていってあげて楽しませたいのもあり、迷ったあげくディズニーランドに行くことにしました。

そこでまず考えることはお金をどうするかということ。
毎月の生活費は割とギリギリなので普段の生活費から旅行代を出すことは難しいため、他でなんとかするしかありません。
かといってお金を借りることだけはできるだけ避けたいと思い、借りるという選択肢は全くありませんでした。
私の考えとしてはお金を借りる行為は一生避けたいと思っています。

そんなわけで私の独身時代に貯めたお金から出すことにしました。
本当はこのお金は使うつもりはなく、子供が成人したあとの老後のためにちょっとずつ貯金しているお金なのですが、今回だけは特別にそこから10万ちょっとをおろしました。
結果、子供たちがとても喜んでくれた旅行になったのでちょっと無理して貯金をおろしたことは特に後悔はしていません。
むしろ良い経験をさせてあげられて満足です。
でもできるだけ老後のための貯金はこれからは崩したくないというのが本音です。”¥

ビジネスライクに徹してくれる金融会社の方が借りやすそう

お金を借りなければいけない理由にもよるかもしれませんが、身内と金融会社では、金融会社の方がお金を借りやすそうだと感じます。

身内に借金を申し込んだ場合、借金の理由によっては軽蔑されてしまうかもしれません。
また、相手側にしても、貸す場合は本当に返してくれるのか不安になるでしょうし、断る場合もどうやって断るか気を遣うことになります。
その上、もし返済が遅れた時などはなかなか催促しにくいでしょう。
身内からお金を借りる場合は利息がつかないというメリットはあるかもしれませんが、それ以上のデメリットがあるように思うのです。

反対に、金融会社を利用する場合は借りた額よりも大きな額を返済することになります。
しかしビジネスライクに徹してくれるでしょうから、上記の身内に対するような気まずさは感じずに済みます。
また、今ではスマホで審査を申し込みATMや無人契約機からお金をおろすという方法もあります。
利便性の面から言っても、スムーズにお金が借りられるのは金融会社の方でしょう。

金融会社でお金を借りる場合は、現在の自分の収入や勤務先の状況などを開示する必要があるはずです。
もし到底返済できないような額を借りようとしていたら審査が下りず借りられない訳です。
借金が身の丈にあった額なのか客観的に教えてもらえるという点でも、金銭面では身内より金融会社の方を頼った方がある意味安全だと言えます。

このように、気遣いが不要であることや審査基準を元に判断してくれるというビジネスライクな点で、金融会社の方が借りやすいと思います。

私のコンビニ活用法

私の家から駅の間にコンビニがあります。朝出勤前にそこで朝食とランチと飲み物を買います。

会社近くにもコンビニはあるのですが私が好きなコンビニが会社近くにはない為、少し荷物にはなりますが地元のコンビニを利用しています。

仕事の帰り道今度は夕飯後に食べるお菓子とケーキ等のデザートを買います。
たまに自分で作るのがめんどくさい時は夕飯も買います。
後某コンビニの唐揚げにはまったときは飽きるまで何日も通いました。

私がコンビニをもっとも使うのはATMを使う時です。うちの近所には私の使っている銀行がないので手数料はかかりますが遠くにある銀行へ行くことを考えると近くのコンビニでお金をおろせるのはすごく便利で助かります。

後は私はゴルフをやるのでキャディーバックをゴルフ場へ送るときもコンビニから宅急便の手続きをします。

今の私の生活にはなくてはならないのがコンビニです。夜遅くに帰ってきても24時間やっているコンビニは明かりがついているので夜道も怖くないので、安全面でも非常に助かっています。

住宅や車でお金を借りることは止むを得ないが、生活費や贅沢品でお金を借りるなんて、最低だと思います。

誰しも、明日は今日よりもきっと良くなると信じて、生きているんだと思います。今はこれしか収入がないけれど、いつかは収入が上がって、あれを買いたい、これを買いたいと我慢して、一生懸命働いているんだと思います。それが労働の姿であり、正しい人の道だと思います。

しかし、今やクレジットカードは国内に3億5千万枚も発行され、大手銀行までも気軽にキャッシングできる時代となり、我慢してお金を貯める時代から、お金を借りて、欲しいものをより早く購入し、後からお金を返すという風潮が大勢を占めるようになってきています。

でも私はこれはおかしいと思います。お金もないのに、お金を借りたいからといって欲しいものを手に入れる。間違いなく返すから大丈夫だという発想は果たして本当なのでしょうか。そういったお金の使い方をすれば、だんだんと感覚が麻痺してきて、欲しいものがどんどん増えて、その都度借金して、しまいには返済できなくなる恐れが生じるのは、火を見るより明らかです。

生活費や贅沢品でお金を借りる発想自体が、すでに家計破綻しています。家計の基本は、入るを計りて、出ずるを制ることです。収入は決まっているので、支出を如何に計画的に行なうかに限ります。生活費や贅沢品でお金を借りる人は、人として信用できません。信じられません。人として最低だと思います。

本当にお金がなくて困った上京したての頃

自分史上お金がなくて一番困った時といえば、就職のため上京してきてからしばらくの間であることは間違いないと思います。

就活に失敗し、何とか一社だけ受かっていた会社。ところがいざ働き始めてみると、そこでの主な業務内容は電話による英会話教材のセールスで、事前に聞いていたものとはかなり異なっていました。

それでも営業職に向いている人ならば問題はなかったのでしょうが、残念ながら私はそうではなかったのです。

給料は歩合制。つまり契約が取れなければいつまでたってもお金は手元に入ってこないことになります。
今から思えば何から何まで本当に世間知らずな人間でした。

何とか二ヶ月勤めましたが、次第に体調が悪くなり、退職せざるを得ない状態に。
この間取れた契約は2件。二ヶ月でわずか数万円しか収入がなかったわけですから、当然暮らしには大きな影響が出ました。

当時アパート住まいをしていましたが、家賃の振込が出来ず、大家さんから入り口のドアに「至急家賃を支払って下さい」と張り紙をされた時にはさすがにこれはまずいと思いましたね。

当時はあまり親との関係が良くなかったのでできるだけ親に助力は請いたくはありませんでした。
しかし正にこういう状態を「背に腹は代えられない」と言うのですね。

部屋にはまだ電話さえなかったので、公衆電話で(当時はまだ携帯電話はありませんでした)涙をこらえながら「本当にごめんなさい。お金を貸して下さい」と親に頭を下げて頼んだ事を今でも覚えています。

それ以降も決してお金に恵まれた人生を歩んで来たわけではありませんが、一度どん底を経験したからか、多少の貧乏にはびくともしなくなりました。

そういった観点からすれば、あの辛かった日々はむしろ自分の糧となっていると思います。